連載『船岡山と私』 第1回「船岡山と小説」~作家:望月 麻衣さん編~

2024/2/26

毎回、その道のプロフェッショナルの方や地域にお住いの方などに、船岡山とその周辺の魅力を教えていただく連載「船岡山と私」。
第1回目は、【作家】望月麻衣さんに「船岡山と小説」をテーマにご紹介いただきます。

【望月麻衣さんのプロフィール】

第1回「船岡山と小説」~作家:望月 麻衣さん編~

現在、船岡山界隈を舞台にした小説を書かせていただいている私ですが、実を言うと北区さんとのご縁を結ぶまでは、よく知らない場所でした。
北海道出身の私はまさに『よそ者観光客』の代表で、京都といえば、八坂神社、清水寺、金閣寺とこの三つの社寺しか頭に浮かばず、『五山送り火』も『大文字焼き』という認識でした。
ひとつ言い訳をさせてもらえば、毎年夏に『今年も京都の大文字焼きが〜』というナレーションと共に大文字山の映像を観せる地方のメディアにも少し問題があるのでは、と思っているところです。

と、そんなわけで、私は京都に移り住んでから『左大文字』を含む五山を知ったのです。

(船岡山の山頂から見える左大文字)

私は昔から心が動いたら『この感情を書きたい』とたかぶる傾向にあり、京都に住んだことで、私の心はぐらんぐらん揺れっぱなしでした。
京都は素敵で美しく、面白くて興味深い。
京都市内約3キロ圏内に世界に誇る名所がまわりきれないほどに詰め込まれているのですが、エリアによってまったく雰囲気が異なるのも魅力でした。
祇園のようにいかにも雅で京都らしいエリアから、北山通のように洋風で良い意味で京都らしくないエリア、いつでもお祭りのように賑わっている嵐山エリア、酒処として大人の渋さと活気がある伏見エリア──そして船岡山も他とは違う独特の雰囲気を持っているエリアでした。

「望月さんの作品がきっかけで、京都の色々なところをまわるようになったんですが、やっぱり船岡山エリアが好きで何度も足を運んでしまうんですよね」

そう言ってくれたのは、名古屋に住む女性でした。

彼女は拙著『京都船岡山アストロロジー』を読んで、北区のスタンプラリーに参加し、さらに京都のあちこちをまわるも、最終日には北区へ行っていると、楽しそうに話してくれたのです。
北区を舞台にした小説を書いている身としては、こんな嬉しい言葉はなく、とても感激したのですが、同時にもの書きとして彼女がなぜそこまで船岡山エリア──北区に惹かれるのかも単純に興味が沸きました。
理由を聞いてみたところ、「すごく落ち着くんです」とのこと。
祇園の華やかさ、嵐山の賑わいなど、京都には魅力的なところがたくさんあり、まわっていてとても楽しい。
だけど、その地から一歩抜けると、ホッと一息つく北区の地が恋しくなるのだというのです。

(船岡山が舞台となった『京都船岡山アストロロジー』)

この言葉に私は大いに納得しました。
船岡山エリアは京の都のはじまりと言われ、清少納言に『丘は船岡』と称えられた歴史深い場所。
それでいて、日本中どこにでもあるような住宅街があり、ノスタルジックな商店街もある。その一方で少し尖ったサブカルな雰囲気も混在している。
以前も他で書いたことがあるのですが、歴史、文化、日常が絶妙なバランスで成り立っているのです。
船岡山エリアの雰囲気に魅せられた人は、たまらなく落ち着きを感じるでしょうし、クセにもなるでしょう。

また、小説の舞台としても魅力的です。
深い歴史にからめたお話も、商店街での人情ものも、音楽を志す若者の話も違和感なく成立してしまいます。
拙著『京都船岡山アストロロジー』は、占星術をモチーフにした話です。
舞台を京都のどこにしようか迷っていたところ、北区さんとのご縁から船岡山でカノープスという珍しい星を見られるということを知り、『船岡山しかない!』と思いました。さらに喫茶店、書店など、北区のお店をモデルにして、日常を描いています。
占星術、喫茶店、書店と色々なものが混在していますが、まさに船岡山エリアなのではないでしょうか。

ある方が「作品タイトルに『船岡山』が入っている小説ははじめてではないか?」と仰っていましたが、それはもったいない。
ぜひぜひクリエイターは船岡山エリアに足を運び、その魅力に触れて、小説の舞台にしてもらいたいと心から思っている私でした。