大徳寺観光のすゝめ

2022/3/16

~大徳寺を訪れる~

大徳寺は紫野大徳寺町にある、臨済宗(※)大徳寺派の大本山です。1315年、赤松則村が宗峰妙超禅師に帰依され、建物を寄進されたのがはじまりです。また南朝後醍醐天皇、北朝花園上皇が帰依され、勅願寺となり、「本朝無双禅苑」と称されました。「一休さん」こと一休宗純禅師にゆかりのあることでも有名なお寺です。

大徳寺には真珠庵や大仙院など多くの塔頭がありますが、今回は(2021年12月18日時点で)自由に参道から拝見できる重要文化財や国宝に指定される建築物について、ご紹介します!

 ※臨済宗…宗祖は臨済義玄。曹洞、黄檗と並び禅宗の一派とされる。

今回は、北大路通りに面した南門から入ってみましょう。

(南門)

塔頭が並び建つ道の突き当りにまず見えてくるのは、勅使門です。

(勅使門とは、天皇の勅命を伝えるために派遣される使者(勅使)が、勅使参向の際に通行に使う門のこと)

門と言えば瓦屋根のイメージですが、勅使門は茅葺きですね。

お次は三門。

(三門。堂々とした佇まいが、圧巻です。)

~寺社仏閣を巡るにあたって~

私は観光する際、「目当て」を持つようにしています。その時によって様々ですが、寺社仏閣に訪れる際必ず行っているのが、「古い木探し」です。

寺社の建物は基本的に木造のため、過去に修復、改装などが行われている場合が多いですが、樹木はそこに生えていれば、基本的には寺社と共に途切れることなく歴史を重ねてきたことになります。その寺社で一番歴史を感じられるものを見逃すわけにはいきません!

ですので……

とにかく、大きい木を探しながら歩きます。

(木によっては、そもそも大きく育たない種類もあるので、その場所で一番大きい木が一番古いとは言えませんが)

「おや?」

仏殿の前に、大きそうな木を発見しました。

一際力強い写真の木は、ヒノキ科ビャクシン属の「イブキ」です。

今の仏殿が再建された1665年(寛文5年)頃に、同じくして植栽されたと伝えられています。イブキは一般的に長命ですが、ここまで大きくなるのは稀とのこと。

隆々とした幹が長い年月を感じさせてくれます。ぜひ間近で確認してみてください!

↓お待たせしました。

(ご本尊の釈迦如来

仏殿に到着です。

大徳寺のご本尊は「釈迦如来」です。

よくよく見ると、右手の掌を正面に向けていますね。これは「施無畏印」といい、相対する人に「畏れる必要はないよ」と示す意味があります。お釈迦様の仏像に共通する特徴の一つですね。

天井には文字が書かれています。訪れた際には、お見逃しなきよう!

↓最後は法堂(はっとう)です。

(法堂とは、修行僧に法を説くための道場です(現在は修行道場があるため、法堂は大きな法要を行う際に使用されています))

ここで私、清水は、あることに気が付きました。

冒頭から見てきた、勅使門三門仏殿法堂が、一列に並んでいるのです。

~配置の謎は七堂伽藍~

仏教寺院には主要な七つの建物「七堂伽藍」があります。意図的としか考えられない伽藍(建物)の配置の謎は、これに関わります。

その七堂伽藍は、宗派によって名称と配置が違うのです。

禅宗では、法堂・仏殿・三門・僧堂・庫裏・東司・浴室が七堂伽藍とされています。(諸説あり)

「法堂は仏殿の後方に建てられる」「総門、三門、仏殿、法堂は前後に並べられる」等、配置にも一定の決まりがあるそうです。

しかし、全てが決まり通りというわけでもありません。例えば、大徳寺の総門は少し違った位置にあります。どこにあるのか、現地に行って確かめてみてくださいね。

~余談~

法堂まで見終えると、突き当り、左手に続く道があります。

(佛教大学に続くまっすぐな道)

この風情ある道をまっすぐ歩けば、私の通う佛教大学に到着します。

バスでお帰りになられる際は、この坂道の突き当りを右に曲がった「佛教大学前」バス停から、乗車するのがおススメです。

京阪出町柳、阪急大宮、阪急烏丸、阪急京都河原町、地下鉄北大路駅に向かうバスが発着します。(学生の下校時間と重ならなければ)穴場の乗り場ですよ!

大徳寺は境内がかなり広く、今回ご紹介できたのはごく一部です。一列に並ぶ伽藍(建物)のほか、大徳寺にはたくさんの見どころがありますので、ぜひお参りに行ってみてください。

【大徳寺】
住所:京都府京都市紫野大徳寺町53
アクセス:京都市バス1、12、204、205、206、北8、M1、101、102系統「大徳寺前」すぐ
     地下鉄北大路駅から徒歩15分

【参考文献】
・「伽藍配置」…『日本大百科全書』
・「七堂伽藍」…『仏教語大辞典』